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MONOSASHI file25

Takumi Ishikawa’s MONOSASHI

〜身の回りに溢れてる

いろんなモノサシを

リスペクトして楽しむ〜

MONOSASHI file25は石川拓海さん。普段はIT企業で働きながら、一般社団法人ハッシャダイソーシャルのメンバーとしても活躍しています。個人としては、イベントや結婚式などでその場に寄り添った音楽を演奏するピアノプレイヤーとしても活動しています。今回は、拓海さんだけのMONOSASHIについて教えてもらいました。この記事は、2024年6月2日にcafe & shisha “chotto”で行われたイベント「MONOSASHI Night」での公開収録を元に作成しています。

Q. 読者の皆様に自己紹介をお願いします!

 

石川拓海です。僕は普段、IT系の会社で働いています。また、ハッシャダイソーシャルという一般社団法人のメンバーでもあります。そこでは、高校生と面白い未来を一緒に作っていくための活動をしてます。僕個人では、今日みたいにイベントや結婚式などでピアノを弾いたりしてます。本日はよろしくお願いします!

Q. 公開収録という形は初めてですが、よろしくお願いします!早速ですが、自分が思い出せる幼少期の記憶の中で、思い出に残っていることはありますか?

 

小学生ぐらいまでの話でいうと、二つありますね。

一つ目は、ピアノを弾き始めたきっかけにもなるんですが、実は小さい時に大病を患っていました。今は完治してこんなに元気に過ごしてるんですけど、その時に母親が「スポーツじゃなくて音楽やってみる?」と誘ってくれたんです。僕は音楽の道がこんなに厳しいとは知らなかったので、とりあえず「やってみたい」って言ったみたいで。そしたら母親が張り切っちゃって、気が付いたらヤマハ音楽教室の最難関コースみたいなものに入れられてました(笑)。

二つ目は、今の姿からは想像できないかもしれないんですけど、勉強がすごく得意でした。通知表もオールAとかで。ピアノと勉強を頑張る、そんな幼少期でしたね。

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Q. 今の、誰よりも働いているイメージの拓海さんからは、幼少期に大きな病に患っていたとは考えもつきませんでした。そこからもう少し時間を進めて、中高時代で記憶に残ってることはありますか?

 

僕が通っていたのが北海道の中高一貫校で、僕が2期生の、できて間もない学校だったんです。この中高一貫校での体験がこれからお話しする、僕のモノサシのスタート地点な気がしています。

 

まず、この学校の受験では、勉強というよりは、エッセイを読んで小論文を書いたり、ディスカッションをしたりするんです。そんな中学受験だったので、文字通り、多様性の塊みたいな学校でした。実際の学力も、中学1年生の内容も怪しい友達もいれば、東大を目指す友達も、みんな仲良く過ごしていました。でも、それぞれのキャラクターや、勉強以外の得意なことをリスペクトしてる雰囲気があって、偏差値で細かく分かれている日本の学校教育としてはかなり珍しいところだったと思います。

 

僕の人生の転機は、大学生時代のアルバイト

 

Q. ごちゃ混ぜの中高時代が、拓海さんのモノサシに影響を与えているんですね。その後、人生においての転機みたいなのはありましたか?

 

僕の人生の転機は、大学生時代のアルバイトですね。初めて飲食店のバイトをしたんですけど、現場にはめちゃめちゃ活躍してる年上年下の2人がいて。年上の人は、いわゆるフリーターでいろいろバイトを掛け持ちしてバスケが得意な男の先輩。年下の人は、金髪のイケイケな感じの女子高生の後輩。この二人が古株でお店を回してたんですよ。仲良くもさせてもらったし、すごく仕事も教えてもらってたんです。

でも、ある日のバイト終わりに、「石川さんて、大学どこなんですか」って聞かれて。当時は東北大学に通っていて、理系だと世界のランキングに入るような大学でした。自分の大学名を喋った時に、「賢い人だったんですね」、「勉強頑張ってきた系の人なんですね」みたいにちょっと空気が変わって。その後に続いたのが、「俺なんてフリーターだしな」とか、「私なんてもう退学間近だし」みたいな言葉でした。「石川さんは将来安泰でいいっすよね」って言われたときに、何て返したらいいのか分からなくなりました。

 

Q. このやり取りで、どんな気づきがあったんですか?

 

咄嗟に「めっちゃ仕事できるじゃないですか」って答えたけれど、よく考えたら僕って将来のことで不安になったことがないと気がつきました。みんなと同じように勉強して、受験して、いい大学目指して、卒業して、普通に会社員になるつもりだったなって。その会話をした時に、目には見えない絶妙な壁が二人と僕の間にある感覚になりました。逆に勉強しかできない人って見られるのも嫌だったんですね。この時、学歴や偏差値っていう概念があることで、世の中って本当にいい方向に進んでいるのか?本来出会えたはずの、リスペクトし合えたはずの人同士に壁を作っているのではないか?と考えさせられるきっかけになりました。
 

いろんな人たち、世界に触れて、直接向き合う

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Q. 社会から決められているモノサシへの葛藤や、社会に対する疑問などとどのように向き合ったのですか?

 

さっきの話の続きなんですが、中高一貫校の友達がめちゃめちゃ面白かったんです。体育祭で急にロケット花火を打ち上げてこっぴどく叱られたり、ドイツ人と結婚したいからって、語学留学に行ってそのまま名字がカタカナになって帰ってきたりする同級生もいて。学歴とか世の中で決められたものって当てにならなくて、もっと1人1人の違いに目を向けて、それを面白いって捉えられる社会の方が楽しいんじゃないかと思ったんです。いわゆる大卒と非大卒、賢い大学と賢くない大学って線引きをした瞬間に、世の中に対立関係が生まれて、同じ世代の友達が半分に減っちゃいそうな気がして。それが嫌です。

 

みんな友達で、みんなリスペクトできるような「教育」ってなんだろう?という問いを追求したくて、当時通ってた大学とは別の大学で学びたいと思いました。そこで、教育の仕事をしていた父親に、札幌のおでん屋さんで飲みながら編入の制度を使って「大学を変えたい!」と相談してみたんです。そうしたら、「教育の世界に入るんだったらいろんなバイトしろよ」と言われました。

Q. 大学を変えるのは大きな決断ですね。また、いろんなバイトをするというお父さんのアドバイスは面白いですね!編入までの道のりは大変でしたか?

 

父には、社会を知らない奴が教育に触れるなと忠告されました(笑)。新しい大学の入学金、引っ越し代、編入専門の予備校など色々計算したら、3ヶ月で90万くらい稼がなきゃいけないという窮地に立たされていたので、それを利用していろんな業界でアルバイトをしました。朝は工事現場、夕方からは塾講師をやり、夜はすき家の夜勤に入り、最終的には15個くらいアルバイトをやったんです。あの時はいつ寝てたのかわからなかったんですが、3ヶ月で無事お金は貯まりました。Uberや病院の夜勤のバイトなど、いろんな出会いと経験を経て、「いろんな人たち、世界に触れて、直接向き合う」という僕の今のスタイルの原点になりました。あの3ヶ月間は、僕の価値観が確実に変わっていった瞬間でした。

編入後は、社会学を専攻しました。社会学は世の中の仕組みや、いろんな人のバックグラウンドを知りに行く学問です。いろんなバックグラウンドがある方々と触れ合ったり、いろんな悩みや喜びを聞いたりする中で、僕の勘が当たったと感じました。

 

Q. 勘が当たったとは?

 

1人1人が社会に決められたモノサシで苦しんでいたり、決め付けられたりしている。でもその奥には、どんな仕事でも、どんな人でも、その人の人生の中にリスペクトできる部分があるし、それぞれの悩みがあるんだということを感じました。その考えの根底には、バイト掛け持ち時代が間違いなく影響しています。

決めつけるのは面白くないし、もっともっと分解できる

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Q. 拓海さんを見ていると、人とのご縁を大切にしていると感じます。人とのご縁はどうやったら大切にできるものなんでしょうか?

 

僕が社会学という学問の中で衝撃を受けた学びの一つに、こんな話があります。やんちゃな工業高校と、賢い進学校と、都会のイケイケな高校に通っている高校生たちって、高校生というだけでそれぞれどこか似ていると思いませんか?見た目、顔立ち、身長、ファッション、言葉遣い、表情も似ている。これって実は学問的に説明されているんです。フランスの学者ピエール・ブルデューによると、世の中には、まとまりのある人たちが持っている構造規範のような行動様式があるらしいのです。例えば、力仕事をやっている家庭の子供たちは成績が悪く、ワインよりもビールが好きで、ゴルフよりもサッカーが好きで、クラシック音楽よりもブラックミュージックが好きである。逆もしかりで、そうやってプロットをしていくと各家庭には傾向があるようなのです。僕はそういった、ある家庭が持っている文化について研究していました。カタカナで言うと「ハビトゥス」と言うらしいんですけど(笑)。

 

Q. 「ハビトゥス」という考え方があるんですね。この「ハビトゥス」がどのように、人とのご縁につながるのでしょうか?

 

僕が勉強が得意だったのは、僕の能力が高いというより、親が学校の先生で、家ではクラシック音楽が流れていて、教育的な家庭だったから。そのように紐解いた時に、僕は学校が持つハビトゥスと親和性が高かっただけなんだと思ったんです。

 

だから僕は、相手のバックグラウンドやその人がいた世界、今いる世界ってどんなものなんだろうということを想像するようにしてます。出会ってきた1人1人もそうですし、コミュニティやお店など、そこで大切にしていることを意識して、リスペクトするように心がけてます。

 

Q. 確かに拓海さんは、人と人のご縁を繋ぐ時、肩書きではなくその人のバックグラウンドを丁寧に語ってくれるのが印象的で、その理由が少しだけわかった気がしました。

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Q. 改めて拓海さんのモノサシを教えてください。

 

僕のモノサシは、「身の回りに溢れてるいろんなモノサシをリスペクトして楽しむこと」です。1人1人が大事にしてるものや、体に染みついてる考え方は、言い換えるとモノサシそのものだと思います。だから目の前にいる人たちも、コミュニティもお店も、それぞれのモノサシを常に知りたいんです。決めつけるのは面白くないし、もっともっと分解できる。

 

例えば、以前訪れたお店のメニューに「枝付き干し葡萄」があったんです。「枝付き干し葡萄」って謎じゃないですか。お店によってはレーズンって書いたりとか、置かないとこもあるかもしれない。なんでレーズンじゃなくて干し葡萄って書いてるんだろう、なんで枝付きの干し葡萄をわざわざ置いてんだろう、いや待てよ、そもそもこのメニュー手書きだぞ!といったように(笑)。その時、このお店が大事にしてるのは、素材を大切にしながら、自分たちのこだわりを手で書きたいんだなと思ったんです。それを踏まえて、髭がかっこよくて、背中が曲がってるマスターをみてみると、彼の丁寧な手つきに気づき、「このお店、最高だな!」と感じました。1人1人の違いではなく、モノサシにリスペクトしていくと、すごく楽しいです。人と繋がるというよりは、いろんな人のモノサシを知りに行ってリスペクトした上で、僕のモノサシはこうなんです、と伝え続けていきたいです。

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MONOSASHI編集長 / 松井瞳

interviewer :Ryoma Iizuka

editor :Hitomi Matsui , Kohyoh Hayashi , Sawako Hiramatsu

creative designer : Sawako Hiramatsu , Mashiro Takayanagi

character designer : Rei Kanechiku

 

location  : cafe & shisha "chotto"

2024.06.02

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